
2025年12月9日(火)に「社内起業家セミナー #6: 試行錯誤から生まれた新規事業とその成功へのヒント」を実施いたしましたので、ご報告いたします。
現在、多くの企業では、『新規事業の創出』が経営上の課題となっています。社内では専門部署の設立、新規事業提案制度等の社内での施策が進められている一方で、新規事業創出に向けてチャレンジして、実際に立ち上げたことのある経験者のお話を聞く機会は多くありません。
本セミナーでは、実際に、大手企業で新規事業の立ち上げに取り組んでいる方をゲストにお招きしてアイディアの発想から、社内起業のきっかけ、どのように事業を立ち上げているのか、その経験をお伺いしております。
今回は、ライオン株式会社にて、二度の新規事業創出を経験されている松井茜氏をゲストに迎え、新規事業を創出してきたご経験をお話しいただきました。
はじめに、当協会代表理事の岩田より、本セミナーの趣旨と進行の説明をさせていただきました。その後、松井氏より「自己紹介 & それぞれの新領域開拓ストーリー」についてお話いただき、その後、「試行錯誤から生まれた新規事業とその成功へのヒント」についてパネルディスカッション形式で、当日、参加者様よりいただいたご質問も交えながら、松井氏と岩田で対談をいたしました。
下記に、本イベントのサマリーをご報告いたします。
自己紹介 & それぞれの新領域開拓ストーリー(ライオン株式会社 ビジネス開発センター統括部 ビジネスインキュベーション室長 松井 茜氏)
松井氏の経歴
- 2006年に日用品メーカーのライオン株式会社に新卒で入社。最初は営業として札幌に配属され、ドラッグストアやスーパーを回る営業活動に従事。2009年に商品企画部門へ異動し、「NANOX」や「アクロン」などのマーケティングを担当
- 2019年に立ち上がった社内起業プログラム「NOIL」において、現在までに2度提案、事業化している。現在は、ビジネス開発センター統括部 ビジネスインキュベーション室長を務め、自身の新規事業を推進するとともに、メンバーのマネジメントもおこなっている
第一の挑戦:夕飯テイクアウトサービス「ご近所シェフトモ」
- 共働き子育て世帯の「自分の時間が欲しい」というペインを解決するためのサービス。
ターゲットは育児中の父母だけでなく、出来合いの惣菜に抵抗がある人や、デリバリーの栄養バランスを気にする人々も含まれる。ビジョンは「忙しい中でも自分を大事にできる社会を作る」 - 近所の飲食店に夕飯作りを任せられるテイクアウト専門サービス。デリバリーは行わない。LINEで簡単に注文と決済が可能で、会費は不要。栄養バランスを考えた主菜1品と副菜2品の計3品がワンセットで、価格は約800円から1000円。生協のシステムに似ており、日曜日に次週の献立が配信され、事前に予約注文し、当日に店舗で受け取る形式
- 松井氏が個人的に保育園近くの飲食店に依頼し、ママ友の注文を取りまとめていた活動が原点。このアイディアを「NOIL」に応募し採択され、実証実験(POC)では利用者数が1000名に達するなど順調に推移
- 2021年にライオンの事業としてスモールスタートした。当初の計画では2025年に全国展開を目指していた
- 事業をクローズすることに決めた市場の要因は、需要(利用者)と供給(飲食店)のバランスが崩れたこと。利用者側は口コミで順調に増加したが、供給側である飲食店がコロナ禍の収束に伴い離脱していった。コロナ禍初期は客足が遠のいた飲食店にとってテイクアウト需要は魅力的だったが、客が戻ると、手間のかかるテイクアウトより店内飲食を優先するようになった。この需給のミスマッチにより収益化が困難となり、松井氏自ら事業のクローズを会社に申しでて、2023年にサービスを終了することになった
「ご近所シェフトモ」の振り返りとそこからの学び
- 現時点で振り返ると飲食業界に関する知識やその状況把握ができていなかった。ライオンでのマーケティング経験から生活者の課題深掘りは得意だが、飲食店側のビジネス構造や課題の把握が不足していた。コロナ禍という特殊な状況が、サービスにとって「下駄を履かせた」状態であったことに気づけなかった。カスタマー側の共感を得てメディアに取り上げられたことで、PMF(プロダクトマーケットフィット)を達成したと誤解し、本質的な価値の磨き上げを怠ってしまったのかもしれないと感じる
- 個人の思いを成し遂げるだけでなく、事業として成功させることの重要性を再認識している。ライオンの力を最大限に活用し、「勝てる市場」で勝負する必要があると考えている
- この経験を通じて「自分も会社もワクワクする」、両者の重なり合う領域で事業を創出しなくてはいけないと強く思うようになった
- 大企業の新規事業が勝てる領域として「ハンティングゾーン」(「顧客課題」「社会潮流」「市場魅力度」「自社資産/優位性」が重なる領域)という概念に着目した
- その後、ライオンの研究所に足を運び、お蔵入りになった技術アイディアの中から「光るお宝」を発見。その一つが、過去にクラウドファンディングまで進んだ美容機器であったので、次はこのテーマで挑戦することにした
第二の挑戦:口腔内美顔器「inquto(インキュット)」
- 過去に研究員主導で美容機器のクラウドファンディングを実施し、目標額300万円に対し約1200万円の支援を集めたが、事業経験不足から事業化には至らなかった。プロジェクトは失敗したが、支援金という形で顧客から一定の評価を得ており、また、美容市場は成長していて、ライオンの強みである「お口の中」という事業ドメインで勝負できると判断した
- ライオンが掲げる「口腔機能の向上」という目標と、顧客の美容目的(ほうれい線改善など)を両立させるアプローチとして位置づけた。美容という切り口で「口腔機能」にアプローチすることで社内の承認を得て、 2025年9月10日に発売した
- 「口内美顔器」として位置づけ、商標を取得。赤色LEDも搭載し、美容機器としての価値を高めた
- 振動と赤色LED光で、口の中のツボ(4箇所)を各1分、合計4分間押して使用。 防水仕様でお風呂でも使用可能。ジェル等も不要。1回の充電で約1ヶ月使用可能で、習慣化しやすい設計が評価されている。肌をこすらない美容トレンド(摩擦レス美容)に対し、口の中からアプローチすることで肌表面への刺激をなくし、物理的に距離が近い口の中からアプローチできる点も特徴になっている
- 現時点での成果として、楽天のみで広告費をかけずに販売しているが、想定の4倍以上の実績で、年間目標の8割を達成し、一時期品薄となった
- 出だしは好調だが、過去の反省から慢心せず、愚直に成果を出し続けることをチームで確認し合っている
第二の挑戦をしたモチベーションとこれからの展望
- 自身の分析不足や甘い見通しへの悔しさが原動力となった。新規事業の失敗が続く中、誰かが成功事例を作らなければならないという責任感を感じた。失敗から得た知識や経験は個人に蓄積されるため、自身が組織に残り続けることで学びを次に活かそうと考えた
- 思いを共にできる仲間集めが成功の鍵だと思う。社内の各分野の専門家(皮膚、健康科学、口腔科学など)に仲間になってもらった。成果が出始めるとチームが活気づき、よい循環が生まれている
- 自身が成功事例を作ることで、挑戦の楽しさや成長を伝え、後に続く挑戦者を増やしたい。「有望な人材が増える → 成功事例が増える → 挑戦者が増える」というサイクルを回すことが、ボトムアップ型新規事業の継続に不可欠だと考えている
パネルディスカッション(という名のぶっちゃけトーク) – 試行錯誤から生まれた新規事業とその成功へのヒント
大企業における新規事業の成功の秘訣はなんだろうか?
- ビジネスとして「経済合理性」は極めて重要。儲かるサイクルを設計しなければ事業は継続できず、関係者全員が不幸になる。売上や利益が出てこそチームは喜び、事業を続けられる。社内の信頼にも繋がる
- PL等の「計数感覚」は、知識だけでなく、事業責任を負い、何度も打席に立つ経験を通じて養われる。経験を積むことで、計画の甘さを見抜けるようになる
- ライオン社の新規事業制度「NOIL」の強み
- 100%のコミットメント: 採択されると1年間、本業から完全に離れて新規事業に専念できる環境が提供される
- 経営層のコミットメント: 社長決裁の案件として会社が公式に推進するため、周囲を気にせず集中できる
- 柔軟な評価制度: KPIは設定されるが、全項目達成は必須ではなく、突出した成果があれば評価される。会社は数字だけでなく活動内容も理解しようとする文化がある
新規事業を担う人材をどう見つけて、どう育てるか?
- ライオン社の新規事業制度「NOIL」の存在が、新規事業意欲の高い優秀な新入社員の入社動機になっている。この制度をきっかけに入社した若手がスピンアウトした子会社で活躍するなど、新しい人材還流のルートが生まれ始めている
- 既存事業で能力を発揮しきれていない優秀な人材(特に研究開発部門)を探し出し、「あなたのアイディアは面白い」と声をかける。既存事業部では実現できないスピード感で物事を進める「逆張り」のアプローチで、彼らのモチベーションに火をつける
- 特定領域にしか興味がない人材は、そのテーマが終了すると社外に流出しやすい。課題は「事業開発そのものにワクワクする」人材をいかに育成・定着させるかにありそう
- 自身が率いるチームが「楽しそうに仕事をしている」姿を意図的に見せる。スピード感と成長機会をアピールし、事業開発の楽しさを社内に伝播させることを目指している
実施後に参加者からいただいたお声として、「めちゃくちゃ面白く、リアルでタメになる話でした。何度も挑戦したからこそ話せることだと思います」、「ぜひ多くの新事業関係者に聞いてほしいと思います」などのご意見をいただきました。ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!
今後とも継続的にセミナーを実施していきますので、ご興味のある方は、ぜひ、ご参加ください。
本記事に関するご質問やコメント、疑問に感じた点がございましたら、ぜひ、お問い合わせフォームよりご連絡ください。最後までお読みいただきありがとうございました。
一般社団法人日本イノベーション協会
事務局
高橋佑季
